幽霊の日(7月26日

幽霊の日のイメージ画像


幽霊の日は、江戸時代を代表する怪談狂言『東海道四谷怪談』が初演された日にちなみ、毎年7月26日に紹介される記念日です。お岩の亡霊で知られる同作は、歌舞伎だけでなく映画、舞台、落語、漫画などにも大きな影響を与え、日本の怪談文化を象徴する作品となっています。

由来

文政8年7月26日、現在の暦で1825年7月26日に、江戸の芝居小屋・中村座で四代目鶴屋南北作の歌舞伎狂言『東海道四谷怪談』が初演されました。

国立劇場の文化デジタルライブラリーにも、初演年は「文政8年(1825年)7月26日」、初演座は「中村座」と記録されています。この歴史的な初演日にちなみ、7月26日は「幽霊の日」として広く紹介されるようになりました。

ただし、「幽霊の日」を誰がいつ正式に制定したのかについては、確認できる範囲では明確な記録がありません。公的機関が制定した記念日というより、『東海道四谷怪談』の初演日に由来する文化的な記念日として定着したものと考えられます。

『東海道四谷怪談』とは

『東海道四谷怪談』は、四代目鶴屋南北の代表作で、一般には『四谷怪談』の名でも知られています。夫の民谷伊右衛門に裏切られ、非業の死を遂げたお岩が亡霊となって現れる物語です。

単なる幽霊の恐怖だけでなく、欲望や裏切り、嫉妬、復讐といった人間の暗い感情を描いた作品でもあります。江戸の庶民生活を生々しく表現した世話物として、初演から約200年を経た現在も繰り返し上演されています。

初演時の舞台

初演当時、四代目鶴屋南北は71歳でした。お岩、小仏小平、佐藤与茂七の3役を三代目尾上菊五郎が演じ、民谷伊右衛門を七代目市川團十郎が演じました。

三代目尾上菊五郎は、早替わりによって複数の役を演じ分けました。お岩と小仏小平の遺体が一枚の戸板の表裏に打ち付けられて流れてくる「戸板返し」など、観客を驚かせる大胆な舞台演出も取り入れられています。

『忠臣蔵』との関係

『東海道四谷怪談』は、初演時には『仮名手本忠臣蔵』と組み合わせて上演されました。物語の登場人物にも赤穂浪士と関係する設定が盛り込まれ、『忠臣蔵』の世界の裏側で起こる出来事として構成されています。

忠義や名誉を描く『仮名手本忠臣蔵』に対し、『東海道四谷怪談』では裏切りや欲望、貧困など、人間社会の暗部が描かれます。表と裏のように異なる二つの物語を交互に見せることで、初演時の観客に強い印象を与えました。

お岩の恐怖を生んだ舞台演出

『東海道四谷怪談』には、歌舞伎ならではの仕掛けや特殊演出が数多く用いられています。

  • 髪梳き:毒薬によって顔が変形したお岩が髪をとかすと、髪が抜け落ちていく場面です。
  • 戸板返し:お岩と小仏小平の遺体が戸板の表裏に打ち付けられ、役者が瞬時に入れ替わって見える仕掛けです。
  • 提灯抜け:お岩の亡霊が燃える提灯の中から姿を現す演出です。
  • 早替わり:一人の役者が短時間で衣装や役柄を変え、複数の人物を演じ分けます。

こうした視覚的な演出は「ケレン」と呼ばれ、物語の恐怖と娯楽性を高める重要な要素となっています。

夏と怪談の関係

日本では、暑い夏に怪談を聞いて背筋が寒くなる感覚を楽しむ文化があります。江戸時代の歌舞伎でも、怪談を題材とした演目は夏の興行で人気を集めました。

『東海道四谷怪談』の初演も旧暦7月に行われています。現在でも、夏になると四谷怪談や皿屋敷、牡丹灯籠などの怪談作品が、舞台や映像作品、怪談会などで取り上げられています。

豆知識

  • 作品の正式な題名は『東海道四谷怪談』で、「四谷怪談」は通称です。
  • 作者は「鶴屋南北」とだけ表記されることもありますが、正確には四代目鶴屋南北です。
  • 初演は1825年7月26日、江戸の中村座で行われました。
  • お岩役を初演したのは三代目尾上菊五郎です。
  • お岩の物語には伝承や過去の事件が取り入れられていますが、歌舞伎の内容がそのまま史実というわけではありません。
  • 『東海道四谷怪談』は、歌舞伎の怪談狂言を代表する作品として現在も上演されています。