YS-11記念日(7月11日)

YS-11記念日は、戦後初の国産旅客機として開発されたYS-11の試作1号機が、1962年7月11日に完成・公開されたことにちなむ記念日です。日本の航空機産業が再出発する中で誕生したYS-11は、戦後復興期の技術力を象徴する機体として知られています。
由来
1962年7月11日、YS-11の試作1号機が三菱重工業の小牧工場で完成し、関係者に披露されるロールアウト式典が行われました。この出来事にちなんで、7月11日は「YS-11記念日」とされています。
YS-11について、7月11日を「初飛行の日」と説明する例もありますが、試作1号機が実際に初飛行したのは1962年8月30日です。7月11日は機体の完成と公開、8月30日は初飛行の日として区別する必要があります。
戦後初の国産旅客機
第二次世界大戦後、日本では一定期間、航空機の研究や製造が制限されていました。航空機産業が再開された後、国内の技術による旅客機を開発しようという機運が高まり、1957年に輸送機設計研究協会が設立されました。
その後、官民共同で設立された日本航空機製造が開発を引き継ぎ、三菱重工業、川崎航空機、富士重工業、新明和工業など、国内の航空機メーカーが製造を分担しました。YS-11は、双発のターボプロップエンジンを備えた中型輸送機として完成しました。
「YS-11」という名前の意味
「YS」は、開発の母体となった輸送機設計研究協会の「輸送」の頭文字であるYと、「設計」の頭文字であるSを組み合わせたものです。
「11」は、機体に採用されたエンジン案と主翼案が、それぞれ第1案だったことに由来するとされています。正式な読み方は「ワイエス・いちいち」ですが、「ワイエス・じゅういち」や「ワイエス・イレブン」と呼ばれることもあります。
国内外で活躍したYS-11
YS-11は、試作機2機を含めて合計182機が生産されました。日本国内の地方路線を中心に運航されたほか、海外の航空会社や政府機関にも輸出され、各地で旅客輸送や貨物輸送などに使用されました。
国内では、日本航空や全日本空輸などが採用し、地方の空港を結ぶ路線で活躍しました。現在も自衛隊などの用途で一部が現役を続けているほか、各地の航空博物館などで機体が保存・展示されています。
豆知識
- YS-11の試作1号機は、1962年7月11日に完成・公開され、同年8月30日に初飛行しました。
- 機体の設計と開発は日本航空機製造が担当し、国内の複数の航空機メーカーが生産に参加しました。
- 生産数は試作機2機を含む合計182機で、日本国外にも輸出されました。
- 正式な読み方は「ワイエス・いちいち」ですが、「ワイエス・じゅういち」などの呼び方も広く使われています。
- YS-11は、戦後日本の航空機産業復興を象徴する機体として、航空史上重要な存在とされています。