真珠記念日(7月11日

真珠記念日のイメージ画像

真珠記念日は、1893年(明治26年)7月11日、御木本幸吉と妻のうめが、三重県鳥羽の相島で養殖真珠を得たことに由来する記念日です。現在のミキモト真珠島にあたる場所で、アコヤ貝から半円形の真珠が見つかり、日本の真珠養殖産業につながる重要な一歩となりました。

由来

御木本幸吉は、天然真珠の減少を憂い、人の手で真珠を安定して育てる方法を確立しようと考えました。動物学者の箕作佳吉らから助言を受け、妻のうめとともにアコヤ貝を使った真珠養殖の研究に取り組みます。

養殖を始めてからは、赤潮によって育てていた貝の多くを失うなど、さまざまな困難に見舞われました。それでも試行錯誤を続け、1893年7月11日、相島の養殖場で生き残ったアコヤ貝の中から、半円形の真珠を得ることに成功しました。

この出来事を記念し、7月11日は「真珠記念日」として紹介されています。

最初に得られたのは半円形の真珠

1893年に得られた真珠は、現在のネックレスなどでよく見られる完全な球形ではなく、貝殻の内側にできる半円形の真珠でした。

その後も真珠養殖の研究と技術改良が続けられ、形の整った真珠を安定して生産するための技術が発展していきました。御木本幸吉の取り組みは、日本が世界有数の真珠生産国として知られるようになる基礎の一つとなりました。

御木本うめの支え

真珠養殖の歴史では御木本幸吉の名前が広く知られていますが、妻のうめも養殖場の運営や研究を支えた重要な存在でした。

幸吉が各地を訪れて協力者や資金を求める間、うめは養殖場を守り、貝の世話や作業に携わったとされています。そのため、真珠記念日の由来は、御木本幸吉一人ではなく、幸吉とうめ夫妻による成果として紹介されることがあります。

現在のミキモト真珠島

養殖真珠が得られた相島は、現在のミキモト真珠島です。三重県鳥羽市に位置し、真珠の仕組みや養殖の歴史、御木本幸吉の生涯を伝える場所となっています。

御木本幸吉は、真珠養殖の発展と普及に力を注ぎ、後に「真珠王」と呼ばれるようになりました。その挑戦は、日本の真珠を世界へ広める大きな原動力となりました。

真珠ができる仕組み

真珠は、貝の体内に入った異物などを包み込むように、真珠層が何層にも重なることで作られます。養殖真珠では、人の手で核などを貝の体内に入れ、海中で長期間育てます。

美しい真珠を育てるためには、海の水温や水質、プランクトンの状態、貝の健康管理など、さまざまな条件を整えなければなりません。真珠は、自然環境と養殖に携わる人々の技術によって生み出される宝石です。

「真珠の日」との違い

真珠に関係する記念日には、7月11日の「真珠記念日」のほか、6月1日の「真珠の日」があります。

記念日 日付と由来
真珠記念日 7月11日。1893年7月11日に御木本幸吉・うめ夫妻が養殖真珠を得たことに由来します。
真珠の日 6月1日。真珠が6月の誕生石であることにちなみ、日本真珠振興会が制定した記念日です。

豆知識

  • 真珠は鉱物を磨いて作る宝石とは異なり、生き物の体内で形成される有機物です。
  • 真珠特有の虹色の輝きは、薄い真珠層が何層にも重なり、光が干渉することで生まれます。
  • 真珠は汗や酸、化粧品などの影響を受けやすいため、使用後は柔らかい布で優しく拭くことが大切です。
  • 7月11日の成功は半円真珠の養殖であり、現在一般的な球形の養殖真珠が普及するまでには、さらに技術開発が重ねられました。