日光の日(7月26日

日光の日のイメージ画像


日光の日は、毎年7月26日に紹介される記念日です。820年(弘仁11年)のこの日、弘法大師として知られる僧・空海が、栃木県の日光一帯を「日光山」と名付けたという伝承にちなむとされています。

由来

日光の地名は、男体山の古い呼び名である「二荒山(ふたらさん)」に由来するという説が広く知られています。伝承では、空海が「二荒」の文字を音読みして「にこう」と読み、そこに「日光」の漢字が当てられるようになったとされています。

ただし、空海が実際に日光を訪れ、820年7月26日に命名したことを裏付ける同時代の確実な史料は確認されていません。日光山輪王寺も空海について「来山伝説が伝えられている」と説明しており、歴史的事実として断定するより、日光に伝わる地名由来の一説として捉えるのが適切です。

日光山のはじまり

日光山の開山は、空海の伝承より前の766年(天平神護2年)とされています。僧の勝道上人が日光の山々に入り、山岳修行の拠点を築いたことが、日光山信仰の始まりとされています。

勝道上人は782年(延暦元年)、現在の男体山への登頂を成し遂げたと伝えられています。男体山を中心とする山々は神仏が宿る霊場として信仰され、後に寺院と神社が一体となった独自の宗教文化が発展しました。

「二荒」という名前

「二荒」の語源にも複数の説があります。代表的なのは、観音菩薩が住むとされる霊山「補陀洛山(ふだらくさん)」の呼び名が変化し、「二荒山」になったという説です。

このほか、男体山と女峰山という二つの山に由来する説や、周辺で起こる激しい風雨に関係する説などもあります。地名の成立過程には不明な点が多く、一つの説だけで確定しているわけではありません。

世界遺産としての日光

日光山は、長い歴史の中で関東を代表する霊場へと発展しました。江戸時代には徳川家康をまつる日光東照宮が造営され、日光二荒山神社、日光山輪王寺とともに多くの参拝者を集めるようになりました。

これらの建造物群は、1999年に「日光の社寺」として世界文化遺産に登録されています。華やかな彫刻や建築だけでなく、周囲の山林を含めて、自然と信仰が結び付いた文化的景観を今に伝えています。

豆知識

  • 男体山は標高2,486メートルの火山で、古くは二荒山とも呼ばれていました。
  • 日光二荒山神社は男体山を御神体山として信仰する神社です。
  • 日光山輪王寺によると、日光山は766年に勝道上人によって開山されたとされています。
  • 空海の来山や「日光」という命名については、確定した史実ではなく伝承として残されています。
  • 「日光の日」を誰がいつ制定したのかについては、確認できる範囲では明確な記録が見当たりません。