カープ黄金時代の幕開けの日(7月19日)

カープ黄金時代の幕開けの日は、1975年7月19日のオールスターゲームで、広島東洋カープの山本浩二選手と衣笠祥雄選手が見せた歴史的な活躍にちなんだ記念日です。広島県広島市に本社を置き、出版やメディアプロデュースを手がける株式会社ザメディアジョンが制定し、日本記念日協会に認定・登録されました。
由来
1975年7月19日、阪神甲子園球場でオールスターゲーム第1戦が行われました。この試合で山本浩二選手と衣笠祥雄選手は、それぞれ最初の2打席で本塁打を放ち、「2打席連続アベックホームラン」として語り継がれる活躍を見せました。
1回裏、山本選手が太田幸司投手から2点本塁打を放つと、衣笠選手も同じ回にソロ本塁打を記録しました。続く山本選手は2回裏に山田久志投手から3点本塁打を放ち、衣笠選手も3回裏に山田投手からソロ本塁打を放ちました。
2人の本塁打は同じイニングに2度記録されたものではありませんが、両選手がそろって最初の2打席で本塁打を放ったことから、「2打席連続アベックホームラン」と呼ばれています。山本選手は2本塁打5打点の活躍で、この試合の最優秀選手に選ばれました。
カープ初優勝へ向かう象徴的な一日
1975年の広島東洋カープは、赤を基調とした帽子やユニフォームを採用し、「赤ヘル軍団」として新しい時代を歩み始めていました。シーズン途中には古葉竹識監督が指揮を執り、山本浩二選手や衣笠祥雄選手を中心とするチームが優勝争いを繰り広げました。
オールスターゲームという全国的な舞台で、カープを代表する2人がそろって本塁打を連発した出来事は、チームの勢いと存在感を強く印象づけました。その後、カープは1975年10月15日に球団創設以来初となるセントラル・リーグ優勝を決めています。
記念日の名称にある「黄金時代の幕開け」は、この試合だけで優勝が決まったという意味ではありません。山本選手と衣笠選手の活躍が、初優勝へ向かうカープの勢いを象徴する出来事として受け継がれていることを表しています。
その後のカープ黄金時代
初優勝を果たした1975年以降、広島東洋カープは1979年、1980年、1984年、1986年、1991年にもリーグ優勝を達成しました。1979年、1980年、1984年には日本シリーズを制し、3度の日本一に輝いています。
山本浩二選手と衣笠祥雄選手は、長年にわたってカープ打線を支えました。山本選手は強打の外野手として活躍し、衣笠選手は連続試合出場を続けた「鉄人」として知られています。2人はカープの歴史を代表する選手となり、のちに野球殿堂入りを果たしました。
記念日を制定した株式会社ザメディアジョン
記念日を制定した株式会社ザメディアジョンは、広島に本社を置き、広島東洋カープに関する球団公認出版物などを手がけてきた企業です。
同社の出版部門からは、元中国放送アナウンサーの鈴木信宏氏による書籍『Carp-0719 カープ黄金時代の幕開け』も刊行されています。1975年7月19日のオールスターゲームを軸に、当時のカープや放送現場にまつわる記憶を伝える一冊です。
豆知識
- 試合は1975年7月19日、阪神甲子園球場で開催されたオールスターゲーム第1戦です。
- 全セントラル・リーグは全パシフィック・リーグに8対0で勝利しました。
- 山本浩二選手は1回に2点本塁打、2回に3点本塁打を放ちました。
- 衣笠祥雄選手は1回と3回に、それぞれソロ本塁打を放ちました。
- 山本選手と衣笠選手は、それぞれ最初の2打席で本塁打を記録しました。
- 広島東洋カープは同年、球団創設26年目で初のリーグ優勝を達成しました。
- 初優勝を決めたのは1975年10月15日の読売ジャイアンツ戦です。
- 1975年の日本シリーズでは阪急ブレーブスと対戦しましたが、日本一は1979年に初めて達成しました。