茅舎忌(7月17日)

茅舎忌(ぼうしゃき)は、俳人・川端茅舎の命日にあたる7月17日の文学忌です。茅舎が1941年(昭和16年)7月17日に亡くなったことにちなみ、俳句の世界では夏の季語として用いられています。
由来
川端茅舎は、1897年(明治30年)8月17日に東京で生まれ、1941年7月17日に43歳で亡くなりました。その忌日が「茅舎忌」と呼ばれ、作品や俳人としての歩みをしのぶ日となっています。
本名は川端信一(かわばた・のぶかず)です。「茅舎」は俳号で、一般には「ぼうしゃ」と読みます。
川端茅舎とは
川端茅舎は、当初は画家を志し、洋画家の岸田劉生に師事しました。しかし、脊椎カリエスなどの病気により長い療養生活を送ることになり、次第に俳句へ創作の中心を移していきました。
俳人・高浜虚子に師事し、俳句雑誌『ホトトギス』に作品を発表します。1934年(昭和9年)には同誌の同人となり、松本たかしや中村草田男らとともに、『ホトトギス』を代表する俳人の一人として活躍しました。
自然や生き物を細やかに見つめる写生を基本としながら、病床での体験や宗教的な感覚を重ねた、透明感と緊張感のある句風で知られています。
代表的な句集
- 『川端茅舎句集』
- 『華厳』
- 『白痴』
第一句集『川端茅舎句集』は1934年に刊行され、高浜虚子が序文を寄せました。第二句集『華厳』の序文では、虚子が茅舎を「花鳥諷詠真骨頂漢」と評しており、自然を詠む俳句の本質を体現した俳人として高く評価していたことがうかがえます。
「露の茅舎」と呼ばれた俳人
茅舎は、露を題材にした印象的な句を数多く残したことから、「露の茅舎」と呼ばれることがあります。代表句の一つとして、次の句が知られています。
金剛の露ひとつぶや石の上
硬く動かない石の上に置かれた、消えやすい一粒の露を詠んだ句です。強さとはかなさが共存する光景には、長く病と向き合った茅舎の生命観を重ねて読むこともできます。
川端龍子との関係
日本画家の川端龍子は、茅舎の異母兄です。茅舎自身も若い頃から絵画に取り組んでおり、その経験によって培われた観察力や構図への意識は、対象を鮮明に描き出す俳句表現にも生かされたと考えられています。
文学忌としての茅舎忌
文学者や俳人の命日に、その人物の名前や雅号を付けて作品と生涯をしのぶ日を「文学忌」と呼びます。茅舎忌もその一つで、俳句では7月17日頃の季節を表す夏の季語として詠まれています。
茅舎忌は、川端茅舎が病苦の中で磨き続けた俳句と、自然の小さな命を深く見つめた独自の世界に触れる日です。
豆知識
- 川端茅舎は1897年8月17日生まれで、1941年7月17日に43歳で亡くなりました。
- 本名の「信一」は「のぶかず」と読みます。
- 若い頃は画家を志し、岸田劉生に師事していました。
- 1934年に『ホトトギス』の同人となりました。
- 日本画家・川端龍子は、茅舎の異母兄です。
- 露を詠んだ句が多く、「露の茅舎」と呼ばれることがあります。
- 茅舎忌は俳句における夏の季語です。