敦忌(7月8日)

敦忌は、俳人・安住敦を偲ぶ忌日です。日付は、安住敦が亡くなった1988年7月8日にちなみます。俳句の世界では「敦忌」として歳時記に収められ、晩夏の季語として扱われています。
由来
敦忌は、昭和期に活躍した俳人・安住敦の忌日に由来します。安住敦は1907年7月1日に生まれ、1988年7月8日に亡くなりました。忌日は、俳人や作家の命日を季語として記憶し、その作品や人となりを思い返す日として俳句に詠まれることがあります。
安住敦について
安住敦は、富安風生に俳句を学び、日野草城が主宰した俳句雑誌「旗艦」に参加しました。新興俳句運動にも関わり、戦後は久保田万太郎を迎えて俳句雑誌「春燈」の創刊に携わりました。
久保田万太郎の没後は「春燈」の主宰を継ぎ、俳壇で重要な役割を担いました。句集には「貧しき饗宴」「暦日抄」「午前午後」などがあり、「午前午後」では蛇笏賞を受けたことでも知られています。
季語としての意味
「敦忌」は、安住敦の命日である7月8日にちなむ晩夏の季語です。単に命日を示すだけでなく、安住敦の句風や作品世界、昭和俳壇における歩みを思い起こす季語として用いられます。
忌日の季語は、故人を悼む気持ちとともに、その人物が残した文学や芸術の余韻を季節の中に重ねる言葉です。敦忌もまた、夏の一日を通して安住敦の俳句に触れ直すきっかけになる日といえます。
豆知識
- 敦忌の読み方は「あつしき」です。
- 敦忌は、7月8日の安住敦の忌日にちなむ季語です。
- 歳時記では、晩夏の季語として紹介されています。
- 安住敦は、俳句雑誌「春燈」の創刊に関わり、のちに主宰を務めました。
- 句集「午前午後」は、蛇笏賞を受けた作品として知られています。
出典
- きごさい歳時記「敦忌」
- 小学館 デジタル大辞泉プラス「敦忌」
- コトバンク「安住敦」
- わたしの俳句歳時記「敦忌」