集団疎開の日(6月30日

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集団疎開の日は毎年6月30日に設けられている記念日です。1944年(昭和19年)6月30日、太平洋戦争末期の空襲激化に備えて、政府が国民学校(現在の小学校)の初等科3年生以上の学童を都市から農村・地方へ集団疎開させる「学童疎開」を閣議決定したことを記念しています。

学童疎開は戦時中の子どもたちの生活・教育・家族との別れなど、戦争が一般市民の日常生活に与えた影響を伝える重要な歴史的出来事として記憶されています。

集団疎開(学童疎開)とは

1944年7月以降、東京・大阪・名古屋など大都市の学童(国民学校初等科3年生〜6年生)が集団で農村・地方の旅館・寺院・学校などに疎開させられました。

  • 対象:国民学校初等科3年生(当時8歳〜)以上が対象で、原則として学校単位で集団生活をしました。
  • 規模:1944〜1945年にかけて全国で約45万人の学童が集団疎開を経験したとされています。
  • 生活環境:学校ごとにまとまって寺院・旅館などに宿泊し、授業を受けながら集団生活をしました。食料不足・衛生問題・ホームシックなど過酷な生活を強いられました。
  • 家族との別れ:親元を離れた子どもたちは故郷の家族との生活を失い、後年に疎開経験を振り返る証言・記録が多数残されています。

疎開先の生活と教育

疎開先では子どもたちは集団生活を送りながら学習を続けましたが、その生活環境は厳しいものでした。

  • 食料は配給制で、米・野菜が中心の粗食でした。農作業の手伝いを求められることも多くありました。
  • 家族と離れた子どもたちは手紙でやり取りをしましたが、検閲があったため自由に書けないこともありました。
  • 1945年3月〜8月の空襲・原爆投下後、多くの学童が帰郷しましたが、親を亡くして孤児となった子もいました。

豆知識

  • 集団疎開の日は毎年6月30日で、1944年6月30日の学童疎開閣議決定を記念しています。
  • 学童疎開は1944〜1945年にかけて全国で約45万人の子どもが経験した戦時中の集団移住政策です。
  • 疎開先での生活を記録した日記・手紙・証言は戦争の実態を伝える貴重な歴史的資料として各地の戦争資料館に保存されています。
  • 東京大空襲(1945年3月10日)では10万人以上が犠牲となり、学童疎開の重要性がより高まりました。

出典