宝塚歌劇レビュー記念日(9月1日)

宝塚歌劇団レビュー記念日は、1927年(昭和2年)9月1日に、宝塚少女歌劇団(現在の宝塚歌劇団)が日本初のレビュー『吾が巴里よ<モン・パリ>』を初演したことにちなむ記念日です。華やかな歌やダンス、スピーディーな場面転換を取り入れた『モン・パリ』は大きな反響を呼び、その後の宝塚歌劇を象徴するレビュー文化の原点となりました。
由来
1927年9月1日、宝塚大劇場で花組によるレヴユウ『吾が巴里よ<モン・パリ>』の公演が始まりました。宝塚歌劇公式資料では、この作品を「日本初のレビュー」と位置づけています。
作品を手がけたのは、宝塚歌劇の演出家・岸田辰彌です。岸田は1926年1月から欧米を視察し、現地で触れた舞台文化や音楽を日本に持ち帰りました。その「帰朝みやげ」として制作されたのが『吾が巴里よ<モン・パリ>』でした。
初演は1927年9月1日から9月30日まで行われ、岸田辰彌が作・振付、白井鐵造が振付補を担当しました。主人公が上海、インド、エジプトなどを経てパリへ向かった旅を振り返る構成で、世界各地の情景を歌や踊りによって描いていきます。
『モン・パリ』が画期的だった理由
当時の宝塚歌劇では、比較的短い歌劇や舞踊などを組み合わせた複数本立ての公演が中心でした。これに対して『モン・パリ』は、幕なし16場、上演時間約1時間30分という大規模かつテンポの速い構成を採用しました。
さらに、延べ200人以上の登場人物、華やかな衣装や背景、ラインダンスなどを取り入れ、それまでの日本の舞台では見られなかった新しいスタイルを打ち出しました。
- 幕を下ろさずに展開する全16場の構成
- 約1時間30分にわたるスピーディーな舞台
- 大人数による華やかな歌とダンス
- 踊り子が一列に並んで踊るラインダンス
- 宝塚大劇場の舞台に16段の大階段を導入
宝塚歌劇公式資料によると、現在では宝塚の代表的な演出として知られるラインダンスも、『モン・パリ』で日本で初めて上演されたとされています。また、同公演では16段の大階段が使用され、後のタカラヅカ・レビューにつながる舞台表現が形づくられていきました。
「レビュー記念日」が始まったのは1988年
9月1日の「レビュー記念日」は、『モン・パリ』初演当時から存在していた記念日ではありません。1987年に『モン・パリ』誕生60年を記念する催しが行われ、その翌年の1988年から、1927年9月1日の初演を記念して毎年9月1日を「レビュー記念日」とする催しが宝塚大劇場で行われるようになりました。
宝塚歌劇公式ホームページの「宝塚用語辞典」によると、レビュー記念日には本公演に続いてミニ・ショーが行われていましたが、この記念イベントは2007年の開催をもって終了しています。
そのため、「毎年現在も記念イベントが開催されている日」という意味ではありませんが、宝塚歌劇の歴史上、9月1日は日本におけるレビュー文化の幕開けを象徴する重要な日として位置づけられています。
宝塚レビューの原点に
『モン・パリ』は大きな人気を集め、宝塚歌劇に「レビュー時代」をもたらしました。1928年には岸田辰彌による続編『イタリヤーナ』が上演され、その後は白井鐵造らによって『パリゼット』『ローズ・パリ』『花詩集』などのレビュー作品が生み出されていきます。
1930年初演の『パリゼット』から生まれた「すみれの花咲く頃」は、後に宝塚歌劇を象徴する楽曲の一つとなりました。『モン・パリ』を起点として発展したレビューは、歌、ダンス、豪華な衣装、大階段、ラインダンスなどを組み合わせた現在の宝塚歌劇へと受け継がれています。
豆知識
- 正式な初演作品名は『吾が巴里よ<モン・パリ>』です。
- 初演は1927年9月1日から9月30日まで花組によって行われました。
- 岸田辰彌の欧米視察で得た経験をもとに制作された「帰朝みやげ」の作品でした。
- 幕なし16場、約1時間30分という当時としては大規模なレビューでした。
- 宝塚歌劇公式資料では『モン・パリ』を「日本初のレビュー」としています。
- ラインダンスも『モン・パリ』で日本で初めて上演されたと宝塚歌劇公式資料に記されています。
- 初演時には16段の大階段が使用されました。現在の宝塚大劇場の大階段は26段です。
- 「レビュー記念日」の催しは1988年に始まり、2007年の開催をもって終了しました。
出典
- 宝塚歌劇公式ホームページ「これがわかれば、もっと楽しい。宝塚用語辞典」
- 宝塚歌劇公式ホームページ「レビューの父『岸田辰彌』」
- 宝塚歌劇公式ホームページ「宝塚歌劇の歩み(1923年-1933年)」