サマークリスマス(8月25日)

サマークリスマスは、毎年8月25日に紹介される、1970年代の深夜ラジオ文化から生まれたユニークな記念日です。TBSのアナウンサーで、『パック・イン・ミュージック』のパーソナリティーとして人気を集めた林美雄(はやし・よしお)とリスナーたちの交流をきっかけに、1974年(昭和49年)の夏に誕生しました。
由来
サマークリスマスの中心人物となった林美雄は、1943年8月25日生まれのTBSアナウンサーです。1970年代には、TBSラジオの深夜番組『パック・イン・ミュージック』金曜第2部を担当し、音楽や映画などを積極的に紹介する個性的な放送で熱心なリスナーを集めていました。
1974年夏、林が自身の誕生日である8月25日にリスナーや出演者たちと集まろうと番組で呼びかけたことが、サマークリスマスにつながりました。当初は、歌手の石川セリや当時「荒井由実」として活動していた松任谷由実らと代々木公園で過ごす企画として構想されていました。
一般には「林美雄がサマークリスマスを提唱した」と紹介されることが多いものの、当時の放送音源をもとにした記録では、少し詳しい経緯が伝えられています。1974年8月16日の放送で林が8月25日に集まることを呼びかけ、その後、8月23日の放送で読まれたリスナーからのはがきの中で「サマークリスマス」という名称が登場したとされています。
そのため、サマークリスマスは林美雄が一方的に制定したというよりも、林と『パック・イン・ミュージック』のリスナーたちとの交流から生まれた記念日と考えるのが、実際の経緯に近い表現です。
なぜ8月25日なのか
8月25日は、林美雄の誕生日です。冬のクリスマスのように人々が集まって楽しめる日を夏にも作ろうという発想と、林の誕生日を祝う企画が結び付き、「サマークリスマス」として形になっていきました。
12月25日のちょうど半年後という理由で8月25日になったわけではありません。日付の直接的な理由は、林美雄の誕生日が8月25日だったことにあります。
1974年のサマークリスマス
最初のサマークリスマスが行われたのは、1974年8月25日です。ノンフィクションライターの柳澤健による林美雄の評伝や、柳澤へのインタビューでは、東京・代々木公園に約400人のリスナーが集まったと紹介されています。
ところが当日は台風の影響を受け、屋外で予定通りイベントを続けることが難しくなりました。そのため林が急きょTBSのスタジオを確保し、参加していた荒井由実や石川セリらが歌うという展開になったとされています。
大規模な商業イベントとして企画されたものではなく、深夜ラジオのパーソナリティーとリスナー、そして番組と関わりのあった音楽家たちが一緒になって作り上げたところに、サマークリスマスの大きな特徴があります。
『林パック』と1970年代のラジオ文化
林美雄の『パック・イン・ミュージック』は、単なる音楽番組にとどまらず、当時まだ広く知られていなかった音楽や映画、演劇などを紹介する場でもありました。特に荒井由実を早い時期から高く評価して番組で紹介していたことでも知られています。
1974年には番組の終了が決まり、リスナーたちは存続を求める活動を展開しました。サマークリスマスが行われた8月25日は、その最終回を目前に控えた時期でもあり、番組を愛する人々が実際に集まる象徴的な出来事となりました。
金曜第2部の『パック・イン・ミュージック』は同年8月30日に最終回を迎えましたが、その後、林の番組は再び放送されることになります。サマークリスマスは、こうした林とリスナーたちの強い結び付きを伝える出来事として語り継がれています。
豆知識
- 林美雄は1943年8月25日生まれで、2002年7月13日に58歳で亡くなりました。
- サマークリスマスが生まれた1974年当時、荒井由実はまだ20歳で、後に松任谷由実として日本を代表するシンガーソングライターとなりました。
- 1974年8月25日のイベントには、荒井由実や石川セリら、林が番組を通じて紹介していた音楽家たちも参加しました。
- 「8月25日は12月25日のちょうど半年後だから」という説明を見かけることがありますが、実際の日付の由来として重要なのは林美雄の誕生日です。
- 「林美雄が制定した記念日」と単純化されることもありますが、当時の経緯をたどると、林の呼びかけとリスナーからのアイデアが組み合わさって生まれたイベントでした。
出典
- 柳澤健『1974年のサマークリスマス 林美雄とパックインミュージックの時代』(集英社)
- 集英社「その熱さが羨ましい! 伝説の深夜ラジオ『林パック』が今、伝える“本物の青春”」柳澤健インタビュー
- 1974年当時の『パック・イン・ミュージック』放送音源をもとにした関係者・リスナーによる記録