水巴忌(8月13日)

8月13日は「水巴忌(すいはき)」。明治から昭和にかけて活躍した俳人・渡辺水巴(わたなべ すいは)を偲ぶ忌日です。水巴は1946年(昭和21年)8月13日に亡くなりました。「水巴忌」は俳句の世界では初秋の季語としても扱われています。
水巴忌の由来
水巴忌は、俳人・渡辺水巴の命日に由来します。渡辺水巴は1882年(明治15年)6月16日生まれ、1946年(昭和21年)8月13日に没しました。本名は渡辺義(よし)です。
水巴は東京の出身で、俳人の内藤鳴雪に学び、その後高浜虚子の教えを受けました。俳誌「ホトトギス」でも活躍し、大正期を代表する俳人の一人として俳句界で存在感を示しました。
渡辺水巴と俳誌「曲水」
渡辺水巴の俳句活動を語るうえで欠かせないのが、俳誌「曲水(きょくすい)」です。水巴は1916年(大正5年)から「曲水」を主宰し、自らの俳句理念を広めながら、多くの俳人を育てました。
水巴は「生命の俳句」を提唱したことでも知られています。単に自然の姿を写すだけではなく、対象から感じ取った生命感や心の動きを句の中に表そうとした俳人でした。
水巴忌は秋の季語
8月13日は現在の感覚では夏の盛りですが、俳句の季節区分では立秋を過ぎているため秋にあたります。そのため「水巴忌」は初秋の季語として歳時記に掲載されています。
俳人の命日を表す言葉が季語となる例は数多くあります。水巴忌もその一つで、渡辺水巴の作品や俳句への姿勢を思い起こしながら詠まれてきた忌日季語です。
渡辺水巴について
- 生年月日:1882年(明治15年)6月16日
- 没年月日:1946年(昭和21年)8月13日
- 本名:渡辺義
- 出身:東京
- 師:内藤鳴雪、高浜虚子
- 主な活動:「ホトトギス」で活躍し、俳誌「曲水」を主宰
- 主な句集:「白日」「富士」など
豆知識
渡辺水巴の父は、明治期を代表する日本画家の一人である渡辺省亭(わたなべ せいてい)です。水巴は芸術と縁の深い家庭に生まれ、やがて俳句の道へ進みました。
「水巴忌」は単に一人の俳人の命日を示すだけではありません。明治から大正、昭和へと続く近代俳句の歩みや、「ホトトギス」を中心として発展した俳句文化を振り返るきっかけにもなる日です。