くちなし忌(8月24日)

くちなし忌は、福井県出身の小説家・詩人・評論家、中野重治(なかの・しげはる)の忌日です。中野重治は1979年(昭和54年)8月24日に77歳で亡くなりました。故郷の福井県坂井市丸岡町では、毎年8月に「中野重治を偲ぶつどい」が開かれ、文学ファンや関係者がその人柄と文学的業績を偲んでいます。
由来
中野重治は1902年(明治35年)1月25日に福井県に生まれ、詩、小説、評論など幅広い分野で活動した文学者です。1979年8月24日に亡くなったことから、8月24日が「くちなし忌」とされています。
丸岡で中野重治を偲ぶ取り組みが本格的に始まったのは没後のことです。1980年(昭和55年)には丸岡町一本田の生家跡が町に寄贈され、「中野重治 ここにうまれ ここにそだつ」と刻まれた碑が建立されました。同年8月には第1回「中野重治を偲ぶつどい」が開催されています。
坂井市立図書館の記録によると、現在の「くちなし忌」という名称が使われるようになったのは、1986年(昭和61年)の第7回からです。
丸岡で続く「中野重治を偲ぶつどい」
「くちなし忌」では、中野重治の故郷である丸岡に文学ファンが集まり、ホオズキを捧げる献花や詩の朗読などを通して遺徳を偲んできました。また、第6回からは中野重治の文学や人物像をテーマにした記念講演会も行われています。
過去には生家跡で式典が行われており、2007年の坂井市広報にも、生家跡に約120人が集まり、遺影が飾られた碑にホオズキを捧げた様子が記録されています。
ただし、現在も必ず生家跡で開催されるわけではありません。会場や開催日は年によって変更されることがあります。2026年の第47回「くちなし忌―中野重治を偲ぶつどい―」は、命日の8月24日ではなく8月22日に、高椋コミュニティセンターで開催され、ホオズキの献花や詩の朗読、記念講演会が行われました。
中野重治とは
中野重治は、小説家・詩人・評論家として近代日本文学に足跡を残した人物です。東京帝国大学在学中には堀辰雄や窪川鶴次郎らと同人雑誌『驢馬』を創刊し、その後はプロレタリア文学運動にも深く関わりました。
代表的な作品には、小説『村の家』、『梨の花』、『甲乙丙丁』などがあります。文学活動だけでなく社会運動や政治にも関わり、戦後には参議院議員を務めるなど、文学と社会の双方に向き合った生涯を送りました。
豆知識
- 中野重治の実際の忌日は、1979年8月24日です。
- 「中野重治を偲ぶつどい」は1980年に第1回が開催されました。
- 「くちなし忌」という名称になったのは、1986年の第7回からです。
- 追悼の式典では、一般的な花だけでなくホオズキを捧げることが特徴となっています。
- 行事は8月24日当日に限らず、命日に近い土曜日などに開催されることがあります。
- 生家跡は長年「くちなし忌」の重要な場所となってきましたが、現在の開催会場は年によって異なります。
出典
- 国立国会図書館「近代日本人の肖像 中野重治」
- 坂井市立図書館「くちなし忌(中野重治を偲ぶつどい)」
- 坂井市立図書館「これまでの記念講演会の講師」
- 坂井市「第47回くちなし忌―中野重治を偲ぶつどい―」
- 坂井市広報「中野重治没後28年 故人をしのぶ」