ホームラン記念日(9月3日

ホームラン記念日のイメージ画像


9月3日の「ホームラン記念日」は、1977年(昭和52年)9月3日、読売ジャイアンツの王貞治選手が通算756号本塁打を放った歴史的な一日にちなむ記念日です。当時、米大リーグのハンク・アーロン選手が持っていた通算755本を上回り、「世界新記録」として日本中を沸かせました。

由来

1977年9月3日、東京・後楽園球場で行われた読売ジャイアンツ対ヤクルトスワローズ戦。王貞治選手は3回裏の第2打席で、ヤクルトの鈴木康二朗投手と対戦しました。

フルカウントから投じられた6球目を捉えると、打球はライトスタンドへ。これが王選手にとってプロ通算756本目の本塁打となりました。

王選手はその3日前の8月31日に通算755号を放ち、米大リーグでハンク・アーロン選手が記録していた通算755本に並んでいました。756号によってその数字を上回ったことから、当時はプロ野球における「世界最高記録」の達成として大きく報じられました。

756号本塁打はどんな一打だった?

達成日 1977年9月3日
球場 後楽園球場
対戦カード 読売ジャイアンツ対ヤクルトスワローズ
対戦投手 鈴木康二朗投手
記録 通算756号本塁打
それまでの比較対象 ハンク・アーロン選手のMLB通算755本

王貞治選手とハンク・アーロン選手

ハンク・アーロン選手は、米大リーグを代表する強打者です。1974年にベーブ・ルース選手の通算714本を抜き、現役生活を終えた時点で通算755本塁打を記録していました。

王選手は1976年10月にベーブ・ルース選手の714本を上回り、その後も本塁打を積み重ねます。1977年8月31日に755号でアーロン選手に並び、9月3日の756号でその数字を上回りました。

同年9月には、アーロン氏が王選手の記録達成を祝うため来日しています。野球殿堂博物館にも756号本塁打の記念ボールやバットなど、当時を伝える資料が収蔵されています。

「世界記録」という表現について

756号は当時、ハンク・アーロン選手の755本を上回ったことから「世界新記録」として広く報じられました。一方、日本プロ野球と米大リーグは異なるリーグであり、現在の記録を説明する際には、両リーグの公式記録を単純に同一カテゴリーとして扱わない場合もあります。

そのため、「MLBのハンク・アーロン選手が持っていた通算755本を上回り、当時『世界新記録』として称えられた」と説明するのが、歴史的背景を含めてより正確です。

最終的には通算868本

756号を達成した後も、王選手の本塁打記録は伸び続けました。1980年に現役を引退するまでに積み重ねた本塁打は通算868本。日本野球機構(NPB)の公式記録として現在も王選手の通算本塁打数として記録されています。

1977年シーズンだけでも王選手は50本塁打、124打点を記録し、本塁打王と打点王に輝きました。

豆知識

  • 王選手は1977年8月31日に通算755号を放ち、ハンク・アーロン選手の記録に並びました。
  • 756号が生まれたのは、その3日後となる1977年9月3日のヤクルト戦でした。
  • 756号を打たれた投手は、ヤクルトスワローズの鈴木康二朗投手です。
  • 王選手は1977年に50本塁打を記録し、自身15回目の本塁打王となりました。
  • 王選手の現役通算成績は2831試合、2786安打、868本塁打、2170打点です。
  • 野球殿堂博物館には、756号本塁打の記念ボールとバットが収蔵されています。

ファクトチェック

「1977年9月3日に王貞治選手が通算756号本塁打を放った」ことは、日本野球機構(NPB)および野球殿堂博物館の資料で確認できます。また、756号がハンク・アーロン選手の通算755本を上回ったことも確認できます。

なお、「ホームラン記念日」という呼称は日本プロ野球名球会や福岡ソフトバンクホークスなどでも9月3日の記念日として紹介されています。一方、現在公開されている日本記念日協会の9月3日の認定記念日一覧では「ホームラン記念日」を確認できないため、「日本記念日協会認定の記念日」とは記載しないのが適切です。

出典

  • 日本野球機構(NPB)「セントラル・リーグ リーグ略史」
  • 日本野球機構(NPB)「王貞治 個人年度別成績」
  • 野球殿堂博物館「王貞治756号本塁打記念ボールとバット」
  • 野球殿堂博物館「王貞治」野球殿堂入り人物紹介
  • 福岡ソフトバンクホークス「ホームラン記念日&国民栄誉賞の日とは?」