圓朝忌(8月11日

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8月11日は「圓朝忌(えんちょうき)」です。幕末から明治時代にかけて活躍し、「落語中興の祖」と称される初代・三遊亭圓朝を偲ぶ忌日で、圓朝が1900年(明治33年)8月11日に亡くなったことに由来します。

由来

圓朝忌は、初代・三遊亭圓朝の命日にあたる8月11日に、その功績を偲ぶ日です。圓朝は1839年に生まれ、幕末から明治にかけて活躍した落語家で、人情噺や怪談噺の分野で数多くの作品を残しました。

代表作には『牡丹燈籠』『真景累ヶ淵』『怪談乳房榎』『死神』などがあり、圓朝の作品は時代を超えて受け継がれ、現在も落語の高座などで演じられています。

「落語中興の祖」と呼ばれる三遊亭圓朝

圓朝は、単に人気を集めた噺家というだけでなく、物語を組み立てる創作力や巧みな話芸によって近代落語の発展に大きな影響を与えた人物です。

怪談、人情噺、世話物など幅広い題材を扱い、長編の物語を高座で語るスタイルでも知られました。圓朝の口演は速記によって文章として残されたものもあり、その作品は落語だけでなく文学や演劇などにも影響を与えています。

全生庵と圓朝忌

三遊亭圓朝の墓は、東京都台東区谷中の全生庵(ぜんしょうあん)にあります。圓朝忌には全生庵で圓朝を偲ぶ法要が営まれ、落語家や関係者らがその遺徳を偲んできました。

全生庵は、圓朝が収集していたことで知られる幽霊画のコレクションも所蔵しています。圓朝は怪談を創作する参考として幽霊画を集めていたとされ、その作品群は現在も圓朝と怪談文化との深い結び付きを伝えています。

圓朝と怪談

圓朝の名を語るうえで欠かせないのが怪談噺です。『牡丹燈籠』や『真景累ヶ淵』などは、幽霊が登場する恐ろしい物語であると同時に、人間の愛憎や因縁、欲望などを複雑に描いた作品でもあります。

単なる怖い話にとどまらず、人物の心理や人間関係を緻密に描いたことも、圓朝作品が長く受け継がれている理由のひとつです。

豆知識

  • 三遊亭圓朝は1839年生まれで、1900年8月11日に亡くなりました。
  • 本名は出淵次郎吉(いずぶち じろきち)です。
  • 『牡丹燈籠』『真景累ヶ淵』『怪談乳房榎』『死神』など、現在も演じられる作品を数多く残しました。
  • 墓所は東京都台東区谷中の全生庵にあります。
  • 全生庵には圓朝ゆかりの幽霊画コレクションが所蔵され、毎年8月には幽霊画が公開されています。

圓朝忌は、一人の名人を追悼するだけでなく、現代まで受け継がれてきた落語や怪談の文化に触れるきっかけとなる日でもあります。