迢空忌(9月3日)

迢空忌(ちょうくうき)は、毎年9月3日。歌人・民俗学者・国文学者として大きな足跡を残した折口信夫(おりくち しのぶ)の忌日です。折口は、歌人・詩人としては釈迢空(しゃく ちょうくう)の号を用いて活動しました。
なお、「迫空忌」「釈迫空」と表記されることがありますが、正しくは「迢空忌」「釈迢空」です。折口信夫は1953年(昭和28年)9月3日に66歳で亡くなっており、その命日にちなむ文学忌として「迢空忌」の名が使われています。
由来
折口信夫は1887年(明治20年)2月11日に大阪で生まれ、1953年(昭和28年)9月3日に亡くなりました。この9月3日の命日が「迢空忌」です。
「迢空」は、折口が短歌や詩、小説などの創作活動で使用した号「釈迢空」に由来します。辞書でも「迢空忌」は、折口信夫、号・釈迢空の9月3日の忌日として掲載されており、秋の季語としても扱われています。
折口信夫と「釈迢空」
折口信夫は、国文学、民俗学、神道学、芸能史など幅広い分野を研究した学者です。日本の古典や古代の生活・信仰・伝承などを、文献だけでなく民俗学的な視点も交えて研究し、その独創的な学問体系は後に「折口学」と呼ばれるようになりました。
國學院大學で学び、柳田國男との交流を通して民俗学研究を深めました。その後、國學院大學で講師、教授を務め、1928年(昭和3年)からは慶應義塾大学教授も兼任しています。
一方、文学者として作品を発表する際には「釈迢空」の名を用いました。学者としての「折口信夫」と、歌人・詩人としての「釈迢空」という二つの名前を持って活動していたことが、折口を知るうえで重要な特徴です。
代表的な著作と文学活動
折口信夫は学術研究だけでなく、短歌、詩、小説など幅広い創作活動を行いました。代表的な著作には、研究書『古代研究』、歌集『海やまのあひだ』、詩集『古代感愛集』、小説『死者の書』などがあります。
短歌の分野では根岸短歌会や「アララギ」に参加し、その後、1924年(大正13年)には歌誌「日光」の創刊にも関わりました。「釈迢空」として残した作品は、折口自身の民俗学・国文学研究とも深く結びついています。
迢空忌は秋の季語
「迢空忌」は単に折口信夫の命日を示す名称だけではなく、俳句の世界では秋の季語としても使われています。
著名な文学者や俳人、歌人の命日は「芭蕉忌」「子規忌」「牧水忌」などのように季語となることがあります。迢空忌もその一つで、9月3日という初秋の時期とともに、折口信夫や釈迢空の文学、学問、生涯をしのぶ言葉として受け継がれています。
豆知識
- 折口信夫は1887年2月11日生まれ、1953年9月3日没です。
- 「釈迢空」は「しゃく ちょうくう」と読み、折口信夫が歌人・詩人として使用した号です。
- 記念日の正しい名称は「迢空忌」で、「迫空忌」ではありません。
- 折口は国文学・民俗学を中心に、神道学や芸能史など幅広い領域で研究を行いました。
- その独創的な研究体系は「折口学」と呼ばれています。
- 代表作には『古代研究』『海やまのあひだ』『古代感愛集』『死者の書』などがあります。
- 「迢空忌」は俳句では秋の季語として扱われています。