千樫忌(8月11日)

千樫忌(ちかしき)は、近代短歌を代表する歌人の一人、古泉千樫(こいずみ ちかし)を偲ぶ忌日です。千樫は1927年(昭和2年)8月11日に亡くなったことから、毎年8月11日が「千樫忌」とされています。伊藤左千夫に師事し、『アララギ』の発展を支えた歌人として知られています。
千樫忌の由来
千樫忌は、古泉千樫が1927年(昭和2年)8月11日に亡くなったことに由来します。千樫は1886年(明治19年)9月26日、現在の千葉県鴨川市にあたる地域に生まれ、本名を古泉幾太郎といいました。
若いころから短歌を発表し、歌人・伊藤左千夫に才能を認められてその門下となりました。その後、斎藤茂吉や島木赤彦らとともに歌誌『アララギ』の発展に関わり、大正期を代表する歌人の一人として活動しました。
古泉千樫と『アララギ』
『アララギ』は、正岡子規の流れをくむ写生を重視した短歌誌で、近代短歌の歴史に大きな影響を与えました。千樫もその初期を支えた重要な歌人の一人です。
千樫の作品は、身近な自然や暮らし、人の感情を見つめながら、素朴で落ち着いた言葉で表現するところに特徴があります。出身地である房総の自然を詠んだ作品も残されており、千葉県はその歌風を「万葉調の穏健な歌風」と紹介しています。
『アララギ』を離れた後の活動
千樫は生涯を通して『アララギ』だけで活動していたわけではありません。大正期の後半には『アララギ』から距離を置くようになり、1924年(大正13年)に創刊された歌誌『日光』に参加しました。
さらに1926年(大正15年)には門下の歌人たちと「青垣会」を結成し、後進の指導にも力を注ぎました。しかし翌1927年に亡くなり、青垣会の機関誌『青垣』は千樫の没後に創刊されました。
古泉千樫の歌集
千樫の代表的な歌集には、生前に刊行された『川のほとり』があります。また、没後には『屋上の土』や『青牛集』などが刊行され、作品が後世へ伝えられました。
- 『川のほとり』:1925年(大正14年)刊行の自選歌集
- 『屋上の土』:1928年(昭和3年)に没後刊行
- 『青牛集』:1933年(昭和8年)に没後刊行
故郷・鴨川に残る千樫の足跡
千樫の故郷である千葉県鴨川市には、現在もその足跡が残されています。古泉千樫の誕生地は千葉県の史跡に指定されており、再建された生家や、歌にも詠まれた「椿の井戸」など、千樫の作品世界をしのばせる場所があります。
千樫は故郷の風景を題材にした短歌も数多く残しました。千樫忌は、一人の歌人の命日を偲ぶだけでなく、近代短歌の歩みや、房総の自然を背景に生まれた作品に触れるきっかけとなる日でもあります。
豆知識
- 古泉千樫の本名は古泉幾太郎です。
- 1886年(明治19年)9月26日に、現在の千葉県鴨川市で生まれました。
- 伊藤左千夫に師事し、『アララギ』の発展に尽くしました。
- のちに歌誌『日光』へ参加し、1926年には「青垣会」を結成しました。
- 1927年(昭和2年)8月11日に亡くなったことから、この日が「千樫忌」とされています。